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「強くなること」とは

「強くなること」の意味について、私見ではありますが述べさせていただきます。

強くなるためには、まず「強くなりたい!」という動機がなければ強くはなりません。

しかし、「強くなりたい!」と思っていなくても強くなる選手は存在します。

これは、スポーツをやり始めて楽しいと感じ、夢中になっているうちに身に付いた強さだと思います。

この強さも「強さ」であることには違いありませんが、私が考える強さとはイコールではありません。


少し話を変えます。

なぜ、周りの人は「頑張って強くなれ」と言うのか?

答えは、強くなればわかります。

そう、強くならなければわからないのです。


では、どうすれば強くなれるのでしょうか。ものすごく簡単な方法をひとつ紹介します。

☆目標を立てて、その目標を達成する自分を毎日想像し、日々努力する。

日々努力することで、目標が変わってくることもあります。

それはそれで構いません。

その過程で様々な経験をすることでしょう。

もちろん辛いこともたくさんあります。

一般的には、この辛さを乗り越えた時に結果はついてくるのではと考えがちです。

しかし、もうひとつ絶対に外せない重要な要因があります。

様々な経験のなかで、楽しかったことや嬉しかったことをしっかり心に留めることです。

私は、辛い経験だけでは成功は望めないと考えております。

良きイメージをより多く発することは最も重要な要素と言えるでしょう。


また、強くなる過程で今一歩乗り越えられない状況に追い込まれたときに私が出会った言葉は、

①「強さとは、ただの言葉である。」と ②「強さとは、自分の弱さを知ること。」です。

「強さ」というものにとらわれすぎているときは、①が身にしみて感じられました。

どうしても勝ちたい、負けるわけにはいかないと追い込まれたときに②の意味が理解できました。

「強くなりたい!」「勝ちたい!」と思って頑張っているときは、どうしても自分のエゴにとらわれがちです。

「自分は強い!勝てるはずだ!」と決めつけてしまうことが返って逆効果になることもあります。

試合の前に不安になるのは、対戦相手に対して勝てる算段があるから不安になります。

全く敵わない相手と対戦するときは、あまり緊張することもありません。

「不安になるということ=勝てる可能性がある」と考えるようになりました。

それでも不安は消えません。

ここが「自分の弱さ」と考えました。

この「弱さ」を自分で認めた瞬間に、心の不安が消えました。

「いままでやってきたことを精一杯やろう!」

自分の「強さ」と「弱さ」を認めてから、この2つをひっくるめて自分だと思えるようになりました。

この頃から、精神面に劇的な変化が起こり始めました。※精神面の変化については、別の機会に書きます。

私は、この能力を身につけてから、テレビでスポーツを観ていて、活躍する選手がわかったりします。

もちろん100%ではありません。

一流のアスリートが持っている能力の片鱗を観た気がしました。

これは、人間全員が持っている動物的能力であるとも思っております。


自分の弱さを知ってなお、前進する勇気を持てば誰しもが強くなれると身をもって体験しました。

こういった、目に見えないものを将来的に身につけてもらえるよう指導していきたいと考えております。
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強さは幅である!

私は「調子が悪い」という言葉が嫌いです。

これに関連することで、強さというものの自論を述べさせていただきます。

「強さとは幅である!」

これは、私が卓球を続けているうちに気がついたことです。

例えば、

①強い選手にも勝つが、弱い選手にも負ける。

②強い選手には勝たないが、弱い選手に負けない。 という選手はたくさんいます。

「①」は爆発力があるが、常にその力を発揮できない。

「②」は安定して力を発揮するが、格上の選手に勝てない。

理想は、「強い選手にも勝ち、弱い選手にも負けない」であることは間違いないが、

これがなかなか難しい。

指導をするときに、縦に強さの幅を書き「強い選手に勝つために自分の強さの上限を伸ばしつつ、

格下の選手に負けないために自分の強さの下限を上げていこう!」と説明します。

文章ではなかなか伝わりにくいことですが、グラフのように書くとわかりやすい。

強さの幅を小さくし、上限を伸ばすことが、強くなることであると考えています。

上限だけを伸ばしても強くなったとはいえません。

強さは「点」や「線」ではなく、幅であることを多くの方に知っていただきたい。

この意識が定着すると、「調子が悪い」ことも実力のうちであると本人が認識できます。

本人が認識したら、そこに精神的な成長があり、必ず強くなると考えています。

「強さとは幅である!」

気に入った方は、使ってみてください。

幼少期の卓球

幼少期から卓球をやることについて、賛否両論あると思います。

確かに、早いうちから始めれば、良い感覚が生まれやすいという点では利点があるように思います。

しかし、幼少期の高い実績ほど、プレイヤー本人にとって辛いものはないのでは?と私は否定的に考えてしまいがちです。

幼少期の高実績は、親や指導者の厳しい指導のもと、自分の意志とは無関係に強くなっていることが多いと感じます。

もちろん、自分自身の意志で強くなろうとしている子供はいるので一概には言えません。

とはいえ、幼少期から自分の意志が固まっている子供なんて少ないと思います。

社会のことなどわからないうちから、厳しい卓球指導を生活の一部とすることで、指導者の意志が

あたかも自分の意志のように感じて努力した結果が実績となって表れてきます。

「これのどこがいけないのでしょう?」「悪いことのように感じませんが?」

幼少期から、卓球の細かいことなどわかるわけがありません。

なんでもかんでも指導者に教わるしか、上達する術を知らない子供たちは、自然と受動的になります。

私が卓球を続けている中で学んだ、強くなるために最も重要なことのひとつが

「一番強くなる方法は「自発的」であること」です。

この考えにレベルは関係ありませんが、幼少期から高実績を出している選手は、クラブを卒業したり

指導者が変わったり、環境の変化だけで弱くなってしまうケースが多々あります。

昔は強かったのに。。という選手はごまんと存在します。

この境遇に立たされた選手は、「昔は勝てたのに今は勝てない。」と卓球が嫌いになってしまう可能性があります。

嫌いなことに本心から全力を尽くせる人間はいるのでしょうか?

少なくとも私は全力を尽くせません。

勝てなくなった境遇を乗り切れないことを「本人の意志」ととらえることも間違いではありません。

指導者としても、無責任ではありますが、この方が気持ちが楽です。

しかし、環境の変化によって目的を失わせるような指導は指導者のエゴではないでしょうか。

卓球が強くたって別に偉いわけではありません。

「常に卓球の楽しさ、試合の面白さを教えていくこと」
「卓球を通して社会に通用するような教育をすること」
「強くなることの意味を教えること」が指導者の役目だと思っております。

正直、きれいごとだと思いますが、この努力は指導者として必須条件だと考えています。

指導者は知識・技術を教える人ではありません。生徒と一緒に答えを導き出すアドバイザーです。

生徒が強くなったら生徒の努力の成果であり、指導者の成果ではありません。

指導者としての成果が問われるのは、生徒が社会に出て立派に活躍できるかどうかです。

こと卓球に関して言えば、クラブを卒業してからの結果がクラブの実績と言えるのではないでしょうか。

「強くなる選手を輩出できるクラブ」を目指し、頑張ります!


かなり偏った意見であり、この意見がすべてではないことは承知です。

ご気分を害された方がいらっしゃいましたらお詫び申し上げます。若輩者の戯言とお受け取りください。


※文中の「強くなることの意味」は私見ではありますが、後日取り上げさせていただきます。
プロフィール

Morihiko Kobori

Author:Morihiko Kobori
☆経歴
東山高校卒業
中央大学卒業

☆戦績
インターハイ
 シングルス ベスト16
全日本学生選手権
 シングルス ベスト16
 ダブルス ベスト4
関東学生選手権
 シングルス ベスト4
 ダブルス 優勝
関東学生リーグ戦
 団体 優勝
全日本選手権
 シングルス ベスト16
 ダブルス ベスト16

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