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幼少期の卓球

幼少期から卓球をやることについて、賛否両論あると思います。

確かに、早いうちから始めれば、良い感覚が生まれやすいという点では利点があるように思います。

しかし、幼少期の高い実績ほど、プレイヤー本人にとって辛いものはないのでは?と私は否定的に考えてしまいがちです。

幼少期の高実績は、親や指導者の厳しい指導のもと、自分の意志とは無関係に強くなっていることが多いと感じます。

もちろん、自分自身の意志で強くなろうとしている子供はいるので一概には言えません。

とはいえ、幼少期から自分の意志が固まっている子供なんて少ないと思います。

社会のことなどわからないうちから、厳しい卓球指導を生活の一部とすることで、指導者の意志が

あたかも自分の意志のように感じて努力した結果が実績となって表れてきます。

「これのどこがいけないのでしょう?」「悪いことのように感じませんが?」

幼少期から、卓球の細かいことなどわかるわけがありません。

なんでもかんでも指導者に教わるしか、上達する術を知らない子供たちは、自然と受動的になります。

私が卓球を続けている中で学んだ、強くなるために最も重要なことのひとつが

「一番強くなる方法は「自発的」であること」です。

この考えにレベルは関係ありませんが、幼少期から高実績を出している選手は、クラブを卒業したり

指導者が変わったり、環境の変化だけで弱くなってしまうケースが多々あります。

昔は強かったのに。。という選手はごまんと存在します。

この境遇に立たされた選手は、「昔は勝てたのに今は勝てない。」と卓球が嫌いになってしまう可能性があります。

嫌いなことに本心から全力を尽くせる人間はいるのでしょうか?

少なくとも私は全力を尽くせません。

勝てなくなった境遇を乗り切れないことを「本人の意志」ととらえることも間違いではありません。

指導者としても、無責任ではありますが、この方が気持ちが楽です。

しかし、環境の変化によって目的を失わせるような指導は指導者のエゴではないでしょうか。

卓球が強くたって別に偉いわけではありません。

「常に卓球の楽しさ、試合の面白さを教えていくこと」
「卓球を通して社会に通用するような教育をすること」
「強くなることの意味を教えること」が指導者の役目だと思っております。

正直、きれいごとだと思いますが、この努力は指導者として必須条件だと考えています。

指導者は知識・技術を教える人ではありません。生徒と一緒に答えを導き出すアドバイザーです。

生徒が強くなったら生徒の努力の成果であり、指導者の成果ではありません。

指導者としての成果が問われるのは、生徒が社会に出て立派に活躍できるかどうかです。

こと卓球に関して言えば、クラブを卒業してからの結果がクラブの実績と言えるのではないでしょうか。

「強くなる選手を輩出できるクラブ」を目指し、頑張ります!


かなり偏った意見であり、この意見がすべてではないことは承知です。

ご気分を害された方がいらっしゃいましたらお詫び申し上げます。若輩者の戯言とお受け取りください。


※文中の「強くなることの意味」は私見ではありますが、後日取り上げさせていただきます。
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なし

卓球をはじめた時はラリーも続かず、そのうち野球に変わったりして。でもラリーができ、ドライブ、バックハンド、有名選手のまね、上のレベルを見れば目指したくなる魅力が競技卓球にはあるような気がします。

卓球のやりはじめは確かに重要だと思います。
一方で報酬も発生しているのも現実で結果も求められるのも現実で、自分も何を言いたいのかわからなくなりました。
次回の内容を楽しみにしています。ご自分の理想の指導者を目指して下さい。

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プロフィール

Morihiko Kobori

Author:Morihiko Kobori
☆経歴
東山高校卒業
中央大学卒業

☆戦績
インターハイ
 シングルス ベスト16
全日本学生選手権
 シングルス ベスト16
 ダブルス ベスト4
関東学生選手権
 シングルス ベスト4
 ダブルス 優勝
関東学生リーグ戦
 団体 優勝
全日本選手権
 シングルス ベスト16
 ダブルス ベスト16

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